体験談<誰も許さない>

体験談記事

体験談<誰も許さない>

≪体験の内容≫

小学校入学と同時に同じ居住地域の同学年の女の子からいじめが始まり、その子を中心に他の同級生5人からもいじめられました。登下校班は一緒なので逃げられませんでした。直接の原因は不明ですが、私の言動が気に入らなかったようです。
主に下校時に話や遊びから徹底的に外される、容姿を馬鹿にする。笑うと「笑うな!!」と怒鳴られ、泣けば「泣き顔がおかしい、鼻膨らませてる」「しゃべり方が変」下校班(5人)全員のランドセルを持たされる。(学校は子供の足で30分のところに有りました。家の近くに着くまでずっと持たされました。)犬のフンを踏まされる。その子達がした悪戯などの責任のなすりつけ学校でも勝手な噂を流され、それに扇動された子達からもいじめられました。学校では、清掃時間、トイレの便器の水をかけられる。消しゴムのカスを後ろから背中に投げられる。消しゴムを当てられる。陰口、無視、仲間はずれ

小5の時、初めていじめの中心の子と同じクラスになり、極度の緊張の為か心因性の頻尿になってしまいました。授業中何度もトイレに行きたくなり、その事でもたくさん悪口を言われたり、馬鹿にされたりしました。その時の担任は相当困り果てていたと思います。「お前のような奴がなんで俺のクラスにいるんだ」といわんばかりの態度・言動を当時の担任から受けました。
「生きていても仕方がない・・・。自分なんかいない方がいい。」と思い始めるようになりました。
ずっといじめは止む事が有りませんでした。結局、小学1年から中学校2年までいじめは続きました。

家族に助けを求めましたが、母親は有る宗教団体の教義が考え方すべてを占めている人だったので、その教義が言っている「すべての責任はまず自分」「祈ればすべて解決する」に沿った言動しか返ってきませんでした。「お前が悪い!!」「祈れば大丈夫!!」と言われました。

誰も助けてくれず、辛かった。辛い気持をわかってほしかった。助けてほしかった。
本当はもっと泣いて、わめいて「助けて!!」って言いたかった。逃げたかった。

戦場みたいな学校なんか行きたくなかった。
毎日、頭の上を戦闘機が飛んでいる様な気持ち。もう二度と体験したくない。

≪それをどう乗り越えて来たか≫

わずかですが、心を許せる友達がいた事だと思います。その子といると気が楽になりました。

何か言われても反応することをやめました。無感情・無反応に徹してその時間が過ぎるのをただ待ちました。お陰で今も感情が外に出せず、あらゆる事で苦労しています。

小学6年の担任は多少事情を理解してくれていたようで、進級した初日「一緒にがんばろうな!!」と言ってくれました。その一言で、「もう少し生きてみよう。」と小さい希望を持つ事が出来ました。その頃から死んだら負けと思い始めました。

親には全く頼れなかったので学校で有ったことは何も言いませんでした。言っても無駄だし。
自分でやれる事を考えて過ごしました。学校では休み時間は図書館にこもり、本を読み漁りました。図書館は常に司書の先生がいるし、良きシェルターでした。

中学から高校時代にかけてロックバンドやプロレスに興味を持ち、プロレスの選手の闘う姿・ロックの歌詞や音楽からたくさんの勇気や力をもらいました。わすかでも抵抗する力ももらいました。


小6の担任の先生、ロック・プロレスが希望を失っていた自分をどん底から引き上げ助けてくれたと思っています。でなければ、死んでいたと思います。

≪その体験は今となってはどうですか≫

非常に辛く、思い出すだけでも怒りと悲しみが溢れだしてきます。
辛い思い出でしか有りません。
その頃のトラウマなんでしょうか?
いまだに自己肯定感が持てません。人間関係でも威圧感の有る人・物言いが意地悪な人に会うと異様に緊張します。恐怖すら感じます。

その事が自分を強くしてくれた面もあるかも知れません。無駄な体験ではなかったと思いますが、深い傷になっていまだに癒えていないです。

こんな体験はしたくなかった。

でも、他人を傷つける事がどんなにひどい事か・思いやりの大切さ・負の連鎖を断ち切るということは、この体験で理解できたと思います。そして、他の人を助ける何かをしたいという原動力になりました。

≪編集後記≫

今、まさにこんな体験をしている方が居て、乗り越えて下さい。上記にございます「死んだら負け」は非常に大切な一文に思えます。

生きる

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